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特性5因子 ~放浪者〜『外向性』

mud wanderer (cc)

 では、特性5因子について、一つ一つ説明していきます。

※特性5因子診断をされていない方は、先に→コチラ←で診断をしてからお読み下さい。

※尚、特性5因子関連の記事で用いている引用は、ほとんどが『パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる』からのものです。より詳しく知りたい方は、こちらをお読み下さい。巷の性格診断本や心理テスト本とは一線を画した、科学的信頼度の高い優本です!

 

『外向性』

エリカ。55歳。
彼女はさらっとこう書く「若いころ抱いていた夢はほとんどやり遂げました。」ではどんなふうに?

まず第一に、ずっとプロの物書きになりたいと思ってきたが、現実に今そうなっている。外国語を勉強して外国に住みたいと思っていたが、実際に10年以上もイタリアで暮らした。若者たちの多くがそうであるように、ポップ歌手になりたいと憧れていたが、他のみんなと違って挫折することなく、実際にその夢を実現した。イタリアではバンドを組んで歌い、本物のファンもできた。

彼女は言う「いくら歩いても疲れ知らずで、馬に乗り、船を操り、自転車を走らせ、ヨガをやり、ダンスもしていました。」

要するにこの女性は、きわめて旺盛な活力と欲望をもった人物なのである。恋愛の面でもそれは明らかだ。彼女は率直にこう書いている。

「思春期のころから、私の人生はずっと激しい性的欲求に駆り立てられ、支配されていました。夫と出会う前には、強迫観念にとらわれたみたいに、いろいろな人とやたらに関係をもちました。結婚してしばらくは、その問題は片付きました。数年の間、私たちはすばらしい性的関係をもちましたが、年をとるにつれて夫の性的衝動はゆるやかになりました… 私たちはイタリアに渡りましたが、そのイタリアで私は愛人をもつようになりました。既婚のイタリアの男たちです。特にそのうちの二人との関係は、長年にわたってつづきました。」

これは外向性がきわめて高いスコアを出した人の例です。これだけでも、外向性がどういうものなのかが伝わると思います。

そして、「外向的」と聞いてイメージするのは「社交的である」ということではないでしょうか?
実際、外向性で高いスコアを取る人は、低いスコアを取る人よりも社交に多くの時間を費やし、話し好きで、パーティーが好きであり、関心の的になるのを好みます。

学生を対象とした調査で、外向的な若者たちは、内向的な若者たちよりも友達を作るのが早かったことも分かっています。

ただし、外向性の高さと、良好な社会的関係を混同してはいけません。
外向性とは、人がどのくらいパーティーに行くのが好きか、どのくらいの時間を社会的活動で過ごすか、新しい友達を作る才能があるかを予測するだけで、その友人関係がどのくらい良好であるかを予測するものではないのです。

大学生を対象にした調査で、他の学生たちとの協調性を予測できたのは特性5因子の別の次元、『調和性』であって、決して『外向性』ではなかった。 
実際、外向的で同時に調和性の低い人物は、社会的にきわめて問題になることがある。
彼らはパーティーに行き、酒を飲んで酔っ払い、果ては初めて会った人と大喧嘩するといった行為に非常な快感を覚えるのだ。外向的で調和性の低い人間は、ためらうことなく他の人々の前で完全に相手を無視できるし、それで自分が有利になると思えば、むしろ楽しんでその行為をするかもしれない。

このように、「社交的である」と言っても、他の次元との組み合わせによって、大きく行動が異なることは理解すべき点でしょう。

 

それでは、外向的な人のもつ社会的行動への関心をまとめてみましょう。

高い社交性を持つ
セッ○スと恋愛を楽しむ
野心を持つ
ステータスを手に入れることや、社会の注目を集めることに喜びを見出す
名声や金を手に入れるために猛烈に働く
レジャー活動にも熱心で、スポーツや旅行、新しい経験をするのが好き

総じて、外向性の高い人は、目標追求のためにあり余るエネルギーを持った、きわめて活動的な人と見なされます。その特性ゆえ、一流のスポーツ選手、億万長者、メディアに露出するなど目立った人たちのほとんどが、外向性の高い人物のようです。

 

そして、外向性に属する傾向の中で、重要なキーとなるものがあります。

それは、ポジティブな情動を多く持つということ。

脳のポジティブな情動メカニズムは、環境の中で“快感”をもたらすであろう事柄を検知し、それを手に入れる方向へと私たちの行動を操るのです。

関心を抱かせ、報酬を手に入れるのに必要なことをさせようとする…

 

ではこの理論をより分かり易くするために、もう一人の人物を挙げてみます。

五十代のビルはきわめて外向性のスコアの高い人物で、事業で大成功し、四十歳で数百万ドルの財産を作り上げました。当時の彼は、金と力を誇示するための物は何でも持っていました。農場、馬、ポルシェ、森、そして近くの都市にはペントハウス…

しかしビルは、本人の言葉によれば「うっかりして、一年足らずで何もかもなくしてしまった」のだそうです。

物質的世界での盛衰を経験してもなお、彼は云います。

私にはひとつの目的があります。それはもう一度金持ちになることです。私にはそれができる。金持ちの生活がどんなにすばらしいか分かっていますからね。人生なんて、金がなければ生きる値打ちはありません…引退なんてしたくないですね。死ぬまで働きたいと思っています。

今はロシア語を勉強していることろです。ロシアの女性は美しいし、生き生きしていますからね…いつかウクライナ出身の女性と結婚して、彼女に良い生活を見せてやりたいと思ってます。

彼の楽天主義、断固たる決断力、そして色好みはすさまじいです。ここで重要なのは、彼がそうしようというのは、必要に迫られているからではないということです。

ビルにとっては、チャレンジを引き受け、報酬を手に入れることが猛烈に楽しいのです。
次のビルの文章は、外向型男性のみごとな信条です。

闘いに勝つことほど素晴らしいことはありません。私は危険を冒すのが大好きなのです。人々の前で、人生がいかにすばらしいものになりうるかを話すのは最高です…これまでの人生で私にとって最大の成功と言えるのは、あるビジネス関係の大会で250人の聴衆の前でスピーチをし、拍手を浴びたときのことでした。あの拍手はいまだに私の耳の中で鳴り響いています。

“報酬・快感”を求める動機付けに対する強い反応が、エリカやビルの思考・行動にはっきりと現れています。

 

ではここで、エリカやビルのポジティブな情動システムが、これほどまでに反応しやすくなかったと想像してみてください。

もし、富や名声、愛人やポルシェを持つことを考えても、得られる快感がそれほど大きくなかったなら、それらを手に入れるために、こんなにも多くの労力や時間を費やそうとはしないのではないでしょうか?

ここで外向性のスコアが低い男性、アンドルーを例に挙げてみましょう。

彼は25歳、優秀な成績でコンピュータ・プログラミングの学位を取った。今は両親と一緒に暮らしており、良い友人も何人かいる。友人たちとは毎週顔を合わせて楽しく過ごすことが多いが、たまに数ヶ月も合わずにいることがある。だからといって別に気にするわけでもない。
旅行は、これまでスコットランドに二、三回行ったことがある程度だ(住んでいる場所からそう遠くはない)。

「いろいろな土地を探訪したいと思うときもあるし、そうでないときもあります。」

アンドルーの専門のコンピュータ・プログラミングは、今日の経済界で需要が高い。しかも、彼は明らかに才能があるようだ。コンピュータで電子音楽を作り、操作しているほどである。だが彼は、作った音楽にせよ、コンピュータ・プログラミングにせよ、売り込んで金儲けしようとか、有名になろうとかしているわけではなさそうだ。

「実際、楽しみにしていることなどあまりないのです。安定した職を見つけたら、両親の家から出てどこかで暮らし、ガールフレンドと付き合い、必要のない物を山のように買いこみ、たぶん結婚して子どもを作り、彼らにまた物を買い…それからたぶん、死ぬんでしょうね…ま、そんなところです。

 ここで注意してもらいたいのは、彼が少々陰気で活力に乏しく、ネガティブであると性急に決めつけるのは間違っているということです。

人々が汗をかいて手に入れようとするもの(物質的財産、結婚、キャリアなど)が良いものだということは、彼にもはっきり分かっています。しかし彼にとって、そうしたものは外向性の高い人たちほど魅力的ではないのです。

向こうからやってくれば受け取る、しかしやってこなくても、たぶん苦にはしません。(近くにいれば友人たちと会うが、いなくても気にならないのと同じように)

内向性の人はある意味で、世間の報酬から超然としていて、独立しているのです。

 

金やステータスといった、普通なら大きな動機付けになる事柄も、アンドルーにとっては、そのためにわざわざ闘う気にさせるほどの魅力はありません。

そのため、大きな成功や多大なる財産を得ることはないでしょう。しかし彼は(これが重要なのですが)、不幸ではないのです。

外向性の高い人にとって、成功を勝ち取れなかった人生など、無価値で、つまらなくて、不幸な人生に思えるかもしれません。しかしその物差しは、外向性の低い人にはあてはまらないのです。

 

つまり、外向性とは、ポジティブな情動の反応に見られる個人差(レベルの違い)なのです。

外向性が高い人は反応性が高く、仲間、興奮、達成、賛美、ロマンスなどの快感を手に入れるために必死になる。一方、スコアの低い人はポジティブな情動システムの反応性が低いため、こうしたものを手に入れることの心理的利益も少ない。

両者にとってそれらを手にいれるためのコスト(リスク)が同じだとすれば、内向的な人は外向的な人ほどその獲得に心をそそられないのである。

この外向性の本質については、これを証明する科学的根拠は多数あり、脳の活動をスキャナーによって調べた研究もあります。

参加者はMRI装置にかけられ、その間、ネガティブな情動を連想させる絵(泣いている人々、クモ、銃、墓地など)か、もしくはポジティブな情動を連想させる絵(幸せなカップル、子犬、アイスクリームなど)かのどちらかを見せられる。

fMRIスキャナーによると、ポジティブなイメージの時の代謝活動の増加程度と、外向性のスコアとが、かなり相関していることがあきらかとなった。

子犬を見せると、外向性のスコアの高い人は、これらの領域での代謝活動がきわめて増加し、スコアの低い人は少ししか増加しなかった。

また、ネガティブなイメージを見ての活動量の増加を予測するのは、外向性のスコアではなく、神経質傾向のスコアであった。(外向性が低い人は、「喜び」と「興奮」が欠如しているのであって、悲しみにくれているわけではない)

この外向性における脳内システムは「ドーパミン報酬システム」で、 欲求を満たす時の脳内報酬系活性化(快感を感じること)のレベルの違いによるものです。

幸福度のおよそ50%は生まれつき決まっているというのは、一つはこの外向性のスコアにあります。

ドーパミン・ニューロンの刺激量を増やすと、多幸感の感情を引き起こすことも知られており、 動物実験により、性的活動、探索活動、食物を捕らえる行動を増加させることも分かっています。

また最近、遺伝子の中に、外向性のレベルの一部を設計しているであろうDHD4遺伝子というものも発見されています。
これはドーパミン受容体を作る設計図のようなものであり、この遺伝子配列の中のパターンが何回繰り返されているかで、「新しいもの好き」かどうかが分かるのだそうです(繰り返しパターンが多いほど、外向性が高い傾向にある)

この繰り返しの回数は2~7回程度なのですが、面白いのが、「アメリカ人のほとんどは7回のタイプ」ということです(日本人のほとんどは4回のタイプ)。アメリカ人の歴史や特性を考えると、なんとなく頷けるのは僕だけではないと思います。

 

 

さて、これで外向性とは何か、ある程度理解できたと思います。

では、進化はどのように外向性のレベルの違いをもたらしたのでしょうか?

まず、外向性の高い人が成功する多くの理由は、見当がつくかと思います。
これまで見てきた通り、心からの喜びをもって大きなチャレンジを引き受け、苦難をものともせずに乗り越えてステータスと富を手にするのですから。

一生の間にもつ性的パートナーの数と外向性の間には、多少とも直線的な相関関係が見られます。外向性の高い人は低い人よりも、(エリカのように)軽い気持ちで性交渉に関わる傾向があり、同時に結婚の回数も多いです。
このことは、人類の祖先にとって、生涯に残す子孫の多さに繋がったことでしょう。これは男性にとっては特にそうです。

そういった面からも、進化において、外向性の高い人がしばしば成功してきたかもしれないと考える理由はたくさんあります。

しかし、『みんなの性格や考え方が違っている理由とは?』にて紹介した、シジュウカラを思い出して下さい。

外向性の高さは、別の状況の下では不利になると考えられるのではないでしょうか。

一般論として、人々が何らかの新しい報酬を追いかけるとき、彼らはすでに手にしているものを求めはしません。さらに大きな目標を追い求めることに熱中して、財産の運用に慎重さを欠いてしまうことはしばしば起こることです(そう、ビルのように)。

また、派手な恋愛遍歴は、再婚によって自身の子が義理の親と生活を共にする可能性を高めますが、人類(哺乳類や鳥類も同様)の歴史上、子供と義父・義母との関係は、子供の虐待を予測する最大の要因となります。また、不倫による嫉妬心は、攻撃性を増す原因ともなるため、肉体的危険性も大いに存在します。

さらに、外向性の高い人は、身体を動かすのが好きで、危険の多いこともしがちです。ある調査では、交通事故を起こす人は、外向性のスコアが高いことが判明しています。(その他の事故や怪我も同様)

若いときの楽天的傾向(外向性の高さと相関する)は、はっきりと早死を予測しているのです。

 

それらを踏まえると、外向性の高低によるリスクと利益とは釣り合いが取れていると言えます。

つまり、外向性のスコアが高い人、低い人、(もちろん中くらいの人も)どちらが優れていて、どちらが劣っているという優劣は存在しないのです。これは、この後説明していく他の因子においても言えることです。

アンドルーの生き方より、ビルの生き方の方が価値があるわけでもなく、無価値なわけでもない。あるレベルをもつというのは、人が人生の選択をするときの背景の一部にすぎない。

自分の外向性のレベルが今のレベルよりも高かったら、あるいは低かったら…そんな風に願うのは確かに心をそそられるかもしれないが、意味のないことだ。例えばこの私が、1777年にパプアニューギニアに生まれていたらよかったと思うことに、何の意味があるだろう。

私としてはただ、自分が1970年に、ここイングランドで、今のままの外向性スコアを携えて生まれたことを、納得して受け入れなければならない。

だがそうではあっても、外向性の性質を理解することには価値がある。自分が生まれてきた時代を理解することが重要であるのと同じように。

この、知識を得ることの価値は、生き方を見直すことにも繋がり、他者を理解することにも大いに役立つのです。

人生のある時点で他の人と長期の関係を築くにいたったとき、相手のレベルがあなたのレベルと違っているかもしれない。

結婚した相手があなたより高い外向性スコアをもっていたとしたら、その相手は時にあなたにとっては無意味で、高価で、理解に苦しむようなことをしたがるかもしれない。パーティーに出掛けたり、ポルシェを買ったり、クレイジーな趣味に熱中したり…。

逆に、自分より低い外向性スコアの持ち主と結婚したならば、相手があまり行動的でなかったり、あなたの新しい計画に関心を寄せないことに、時に失望することだろう。

気にすることはない。彼らは単にそのように配線されているだけなのだから。

「あいつはやる気がない」「あいつは努力が足りない」そういった意見はよく耳にします。そして、外向性の高い人物によって「俺はこんなに頑張っているんだ」と誇示するような意見も耳にします。

しかし、そこには大きな間違いがあります。

トマトを大好きな人が、トマトをたくさん食べるのと、
トマトを嫌いな人が、トマトをたくさん食べることに 、全く意味合いが違うように。

全く同じ行動をするにしても、「あなたにとっての努力の度合い、辛さ、達成感」と、「他の人にとっての努力の度合い、辛さ、達成感」はまるで違うのです。

 

テレビや本、メディアによって見聞きする“世間的に良いとされる意見”のほとんどは、“外向性が高い人の意見”です。

そういったメディアに姿を見せる人たちは、その高い外向性によって、ポジティブで、自信に満ちあふれ、失敗をものともせず、懸命に努力し、成功を勝ち得た人たちです。

そのため、そういった人物の意見の方が広まりやすい、という事実があります。
(そもそも、外向性の低い人は、そういった表舞台に出て注目を集めることに大きな魅力を感じませんから)

そして、そういった外向性の高い人は大きな勘違いをしていることが多いです。

 「夢を持ち、自信を持ち、失敗をおそれず、ポジティブに考え、懸命に努力すれば、成功を勝ち得ることができる。それが最高に幸せなんだ!」

という、よく耳にする意見は、自分の外向性の尺度でしか、周りを見ていないということなのです。
(自分は、あえてそういう行動をとるように選択し、その結果成功したのだと思い込んでいるが、結局は、ただ単に自分の欲望の赴くままに進んだ結果であることがほとんど)

もしあなたの外向性が低いのなら、そんな言葉に惑わされる必要はありません。一見華やかに見える彼らの生活は、あなたにとっては例え実現したとしても大して魅力的ではないでしょう。

気にすることはありません。彼らの脳は、単にそのように配線されているだけなのですから。

 

→次の記事『特性5因子 ~悩む人~神経質傾向』

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“特性5因子 ~放浪者〜『外向性』” への2件のフィードバック

  1. 理論上だが外向性の高さと、良好な社会的関係は実はある段階からは負の相関

    遺伝子操作と特殊な方法で野心を異常に強めた場合など

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