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特性5因子 ~自分らしく生きるということ

Happy

 ※特性5因子診断をされていない方は、先に→コチラ←で診断をしてから読むことをおすすめします。

 

ここまで、科学的確証の得られた数々の証拠から考察し、きわめてはっきりした結論が導き出されました。

 要約すると、
人のパーソナリティーには五つの次元が存在するということ、
それぞれの次元のどこに位置するかによって、人の行動をある特定のあり方にしていること、
関心、キャリア、対人関係、恋愛、さらに健康について起こることの多くは、これらによって決まるということ、
人がどのレベルに位置するのかを決める要素は、脳の配線の具合であるということ、
そして脳の配線を決める決定要素は、第一に遺伝子であり、第二に人生初期に受けたさまざまな(予測不明な)影響だということです。

それに対して、僕たちはどうすることもできず、どうやってもそれらを覆すことはできないようです。

このことは、いくつかの難しい問題を孕んでいます。

例えば、「人の成長を目指して努力するのは、大人が背を伸ばそうと必死になるのと同じように無意味だというのか?」というものです。

それから責任の問題もあります。犯罪を犯した人間が「やったのは私ではない。私の低い調和性のせいだ。ほとんど遺伝子によるものなんだ」と主張するのを、どうやって防いだらいいのでしょう。

特性5因子の締めくくりとして、これらの問題を取り上げていくことにします。

 

このことは、心理学者ダン・マカダムズの考えた理論に従って説明するのが分かり易いです。それは、ヒトの特徴や人生を形作る、三つの異なるレベルについてです。

第一のレベル→「特性5因子の様々なスコアレベル」

第二のレベル→「特徴的行動パターン」

第三のレベル→「パーソナル・ライフストーリー」

これら三つのレベルによって、僕たちの特徴、人生が形作られるという理論です。

 

 では、各レベルについて一つずつ説明していきます。

第一のレベルについては特性5因子の過去記事を読んで頂くとわかるかと思いますが、ほとんど変えることはできないもので、その人物の行動におおよその予測性を与えます。

 

そして第二のレベル、「特徴的行動パターン」。

これは、特性5因子の結果から生じるものですが、
たとえ同じパーソナリティースコアを持っていても、行動が似ているのはあくまでパターンであって、全く同じ行動をとるわけではないということです。

例えば、外向性のスコアの高い人の中で、一人は北極探検家になり、一人はスカイダイビングに挑戦するかもしれません。さらにもう一人は、社会の中で活気あふれる人物になるかもしれません。

要するに、「外向性が高い」という、たった一つの特性にしても、多くの行動表現の手段があるということであり、どれを採用するかは、個人個人の歴史、出会い、チャンス、そして選択によるということなのです。

 

そして第三のレベル、「パーソナル・ライフストーリー」というものは、「自分で、自分の人生をどう見るか?」というものです。

このレベルは、他のレベルと違って、気質的な制約はほんのわずかしかありません。

 例えば、あなたに今ほとんどお金が無いとして、これを欠陥と見るか、美徳ととるかは、かなりの程度まであなた次第です。

ある人は、お金を稼ぐ能力が無い自分を責めるかもしれません。そしてある人は、これは今後のために良い経験になると考えるかもしれません。そうやって、自分の人生の意味をさまざまに解釈することができるのです。

 

これら、第一、第二、第三のレベルの複合によって、個々の人生が出来ているわけです。

 そしてこの理論からすると、第一のレベルは変えることはできないもののようです。ここから得るべき事柄は、自身の特性の傾向を再確認するための“知識”であって、これを変えることに奮闘する意味はないようです。
(第一のレベル「特性5因子のスコアレベル」は、思いのままに変えることができないという事実は、過去記事『環境がパーソナリティーに影響を及ぼすことはない!?』『パーソナリティーを変えることはできるのか?』にて説明してきました)

 

つまり、人生を変えうる自由度、選択肢が存在するのは、第二のレベルと、第三のレベルにおいてのようです。

 

まず、第二のレベル「特徴的行動パターン」において、ある程度の選択肢が存在します。

たとえば、それまでオートバイを乗り回していた外向性のスコアが高い人は、理性によってそれが危険すぎると判断し、かわりに別の(刺激的だがそれほど危険ではない)楽しみに移ることもできます。

どのパーソナリティー特徴でも、考えられる表出行動はきわめて多いです。

人々の基本的性向は、何らかの形で表面に現れる。だが私たちには、その現れ方を決めるための能力が少なからずあるのだ。

もしあなたにとって、自分のパーソナリティーが厄介と苦労の種になっているのならば、その特徴を表に出す際に、もっと破壊的ではないはけ口を見つける必要がある。

自分自身を変える必要はない。ただ、はけ口を変えるだけでよいのだ。

 

行動の表出は、自身の特徴に合わせて行うこともあれば、特徴に逆らって行うこともあります。

アルコール依存症プログラムをやっている人々は、酒を制限しない。完全に酒を絶つのだ。

二、三杯なら…というわけにはいかないのである。その理由は、これまでの自制のきかない飲酒癖が示しているように、彼らの誠実性の低さによる。

彼らはよく知っている、いったん飲み始めたら最後、自分のパーソナリティーはそれを止められない。だからこそ彼らは、そもそも飲み始める状況に自分を置かないのである。

以前の過度の飲酒は、彼らの低い誠実性パーソナリティーが「特性に合わせて」表出したためであった。今の完全な断酒は、同じパーソナリティーの「特性に逆らった」表出である。

どちらの行動も、いったん始めたら自分を抑えられないという同じパーソナリティーの反映なのである。

 例えば、一緒にいることで自分の最悪の部分が引き出されるようなある種の人々を避けるというのも、その一つです。

自分の気に入らないパーソナリティーの局面が出てくるような状況から、あえて離れることもできるし、ピアノの練習を終えるまでは外出するのを自分に禁ずることもできる。

あえて仕事を引き受けて、人々と会わざるをえない状況に自分を追い込むこともできる。

とはいえ、行動パターンを変えることによって自分のあり方を変えるというのは、容易なことではありません。

そのためには脳の意識的(理性的)な実行機能を使って、
心の深いところにある極めて強力な無意識のメカニズムと衝動をくつがえし、あるいは取り消す必要さえあるのです。(意識と無意識の関係についてはこちら→『ヒトには三つの脳がある』)

これは骨の折れる、また、熟慮を要する作業であり、しかも成功の保証はまったくない。

行動パターンによっては、簡単に変えたり避けたりできるものもあるが、どうしようもないほど変えるのが難しいパターンもある。

それにもかかわらず、自分たちの性向を「特徴に合わせて」表出する方法を選ぶか、「特徴に逆らって」表出を作り出すのかの間で、私たちにはある程度の個人的自由を手にすることになる。

今の自分と、これからの自分を形成する上で。

 

そして、僕たちが人生を形作る上で、はるかに大きな自由をもつのは、自分をどう見るか(第三のレベル「パーソナル・ライフストーリー」)という点です。

人生は、現実に起きた(起こした)事象だけで語られるわけではありません。人生とは、「現実に起きた事象」+「解釈」によって成り立っています。

そして先の例で挙げたように、お金が無いとしても、それをどう解釈するかには大きな自由があります。客観的に変えることが難しい場合でも、少なくとも、それについての考え方は変えることができるのです。

そのような再構成は、セラピーでも、またもちろん個人の成長においても、きわめて重要です。だたし、これも必ずしも簡単ではありません。

特に、高い神経質傾向は大きな制約となるでしょう。

この特性が高い人は、きわめて多くの悪いことを自分の身に引き寄せる傾向があるのですが(『悩む人~神経質傾向』参照)、 それより問題なのは、自分について肯定的なストーリーを語るのが難しいということです。

これは、客観的に見て彼らの人生が肯定的な要素を多く含んでいる場合でさえそうなのですから、それを克服するには大きな努力が必要になるでしょう。

 

 

ここまでで明らかになったように、もしあなたが自分の人生、自分の思考癖に満足していないなら、とるべきステップはいくつかあります。

第一に、自分が成し遂げてきた事柄について、別のストーリーを語れるかということです。

もしあなたが家族の中で厄介者で、これまでずっと何事にも身を入れることがなかったとしたら、兄弟たちと比較して劣等感を感じているかもしれない。

だが、なぜそう考えるのか?なぜそれを、因習に媚びることなく、苦しいときの理想のままに、豊かで自発的な人生を送ってきた証拠だと考え、自分というものに価値を認めないのか。

私たちはすべて、自分のあるべき姿や理由について、役に立たない時代遅れの概念を引きずっている。だがそうした概念は、そきどき立ち止まって振り捨てなくてはならない。

したがって、第一のステップはストーリーの再構成ということになる。

ただし、物語を再構成するだけでは十分ではありません。

表出行動の中には、道徳的、法的、あるいは金銭的などの理由で、現実に悪いものがあるからです。

たとえば低い誠実性のせいで、賭博で大金を失ったり、投獄されたり、あるいはあなたにとって大事な人間関係を失ったとしたらどうだろう。

これを学習経験としてプラスに再構成するというのは、やはり少々甘すぎるだろう。

あなたは行動を変える必要がある。

したがって第二のステップは、これまで追求してきた事柄に変わる、同じ誠実性でも別の、そしてもっとよい行動表出があるかを問うことであろう。

誠実性が低い人物は、起きている事柄にダイナミックに反応する能力があります。その特徴に合わせ、その性向を有効に使うために、臨機応変に働く頭脳を生かせる仕事もあるはずです。

それに加えて、自身の特徴に逆らった表出行動をする努力も必要でしょう。例えば毎朝決まった日課を自分に強制的に課すとか、トラブルが起こりそうな場所に行く事を自分に禁ずるとか。

 

読者の中で、自分のパーソナリティーの働きに不満を感じている人がいるならば、その理由の多くは神経質傾向が高いことにあるのではないでしょうか。

高い神経質傾向は、あらゆることに苦しみを吹き込むのですから。
他の極端なパーソナリティー特性(例えば低い誠実性など)も、人生にきわめて強い具体的な影響をもたらします。しかしそうであっても、彼らの神経質傾向が低ければ、ただ肩をすくめてやりすごすだけで、神経質傾向の高い人のように、気にかけたり悩んだりしないでしょう。

だからこそ、ネガティブな情動に屈するだけでなく、「特徴・特性に逆らった」表出戦略を展開することが必要なのです。

 幸いにもそのような戦略は存在しており、しかも実際にかなり効果的である。

エクササイズ、ヨガ、瞑想から、認知行動セラピー、さらには抗鬱薬や抗不安性薬剤に至るまでさまざまな戦略があり、それぞれに働き方に違いがある。

エクササイズは気晴らしになり、身体を緊張から解きほぐす。瞑想は本人の意識を高め、ネガティブな情動を受け入れるように導く。逆に認知行動セラピーは、理性を使うように仕向ける。また薬物療法は、セロトニンシステムに生化学的サポートを与える。

これらの戦略は神経質傾向を減らすのではなく、神経質傾向が作り出す問題のいくつかと、もっと効果的に取り組めるようにするものだ。

人によって効果のある戦略は違うが、いま挙げたものだけでなく、あらゆる選択肢を真剣に試してみるのは、けっして恥ずかしいことでも不名誉なことでもない。

それは自分自身に対する義務である。

 

これが、記事冒頭で提起した問題の答えです。

人の成長に関わるもの、これまでとは違った自分になりたいと思うならば、やり方はたくさんあります(第二、第三のレベルへのアプローチ)。

そこに自由があると同時に、表出行動の選択にあたって少なからぬ責任をもちます。

自分が選択したものではないパーソナリティー特性(第一のレベル)については、もちろん誰からも責任を問われることはないものです。

しかし、それらの特性の表出として自分が発達させてきた行動パターンについては、道徳的にも法的にも責任があります。

すべての特性の表出行動には、道徳的に良いもの、中立のもの、悪いものがある。

そして私たちには少なくとも、道徳的に中立である行動を発達させる責任があるのだ。

 

ここまで一貫して伝えてきたメッセージは、自分の基本的なパーソナリティーの傾向が今と違っていてほしいと願う理由など、まったくないということです。

すべてのビッグファイブ次元において、どのレベルにも利益不利益がある。

こちらのほうが本来的に良いとか悪いとかいったパーソナリティー・プロフィールなどというものはないのである。

(中略)

大切なのはむしろ、自分がたまたま受け継いできたパーソナリティー・プロフィールの強みを利用し、弱点からくる影響をできるだけ小さくすることによって、実り豊かな表出を見つけ出すことなのだ。

このように見るならば、個人のもつ性格とは利用されるべき資源であって、なくなってほしい災いではない。

 

 では、本(パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる)で紹介されているいくつかの例を挙げて、特性5因子(ビッグファイブ理論)の一連記事を終わりにしたいと思います。

たとえばあなたが、自分の時間を捧げる対象として、地球温暖化の意識を高めることが最も大切だという結論に達したとしよう。

問題は、あなたの外向性が低く、神経質傾向が高いことである。つまりあなたは、とうてい演壇の上で聴衆に向かって呼びかけたり、あるいはメディアを通じて人々を説得する仕事に向いていないのである。

その種のキャンペーンには、大衆の想像力を捉えるカリスマ的指導者や話し手が必要なのだ。

なんとか頑張ってやろうとしてもうまくいかず、あなたは挫折した気分に襲われる。

では、どうするか。あきらめて他のことをするべきだろうか。どうやったら、自分の価値観が命ずることと、自分がもつパーソナリティーとを一致させることができるだろうか。

 現代のすべての複合的な活動と同じく、地球温暖化キャンペーンもまた、多くの面をもっている。必要とされるのは、表に向けるカリスマの顔だけではない。舞台裏で、気候の変動に関する最新の科学的研究を集め、批判の目で査定するためのリサーチワークもまた必要なのだ。

ここにあなたの出番がある。

自分では気に入らないその内向的性格ゆえに、図書館で静かに資料に向かい、科学的裏付けをとる作業に一日を過ごすのを心から楽しめるのだ。

大勢の人の前であなたをナーバスにするその神経質傾向こそが、研究のこまごました統計データや方法論を相手に粘り強く取り組むためには理想的なのである。

この種の不可欠な仕事は、キャンペーンのスターには絶対に無理だろう。あなたが羨む彼らの高い外向性と低い神経質傾向がそれを阻むからだ。

ここにあなたが赴くべきニッチ(適所、隙間)がある。要するに、自分に向いていない事に、時間とエネルギーを浪費しないことである。

正しいニッチにいさえすれば、キャンペーンで働く他の人々はあなたを必要とするだろう。そしてあなたが彼らを高く評価するように、彼らもまたあなたを高く評価するだろう。

 

もう一つ例を。

 

個人的な経験から、うつや自傷の衝動に苦しんでいる多くの若者たちを助ける何かをやりたいと思うようになったとする。

しかし問題はあなたの調和性が低いことだ。これではボランティアやプロのカウンセラーの仕事は向いていない。理性ではそれが重要だとわかっていても、あなたにはどれも単調で退屈で面倒くさいと映るだろう。

たとえそうであっても、あなたの低い調和性は、若者を助けるために役立てることができる。

あなたはタフな決定をする実際的なまとめ役が向いているのだ。

さまざまなボランティア・プロジェクトや若者たちのチャリティー・プログラムは、善意はあっても非能率的な人々であふれている。そんな彼らには、組織を合理的に率いて行動に導く事は難しい。

組織のコストを下げ、収益を上げるために、あなたのような人の存在は大きな力となるだろう。

あまり有能でないカウンセラーとして働くよりも、組織の側で働く方が、長期的にははるかにあなたの目的に合うはずだ。

たくさんの友人は作れないかもしれない。だが、望んだことは叶えられるだろう。

 

ここに挙げた例はほんの一部ですが、自分のパーソナリティー傾向と調和しながら生きるための大きなヒントがあると思います。

これまで何かに取り組んできて、一度として心が落ち着くことがなかったのであれば、ひょっとして自分にあったニッチを目指していなかったのかもしれません。

家族や文化、メディアなどの公に評価されるようなニッチは限られています。
(※どうしても、外向性が高い人ほど演説が上手で、外向性が高い人ほど人目に付き、世の中に向けての情報発信力が強く、外向性が高い人の理想が「世の中の理想」として広まりやすい。結果、外向性が高い人向けの、華々しいニッチほど評価が高くなってしまう)

しかし、そんなニッチに縛られる必要はありません。

現代の社会においては、提供される社会的役割やライフスタイルはきわめて多様です。

ワーカホリック、家事労働者、親、庭師、あるいは道化、さらには資金調達者、科学者、そして奉仕者…。

リストは際限なくつづく。かつての社会はこれほど多様な人々の枠を支えることができなかった。今では、あなたのもつ特性がそのまま有利になるような適所を見出すことは、これまでにないほど可能なはずである。

ですがその一方で、落とし穴にはまる危険もあると著者はいいます。

薬物依存症や犯罪者のためのニッチ、世界が自分なしで動いていくのを横目で見ながら一人孤立して苦しむ人々のニッチ、そしてなかでも、自分が何のために生きているのかを見出せないまま、形だけの人生を生きる人々のためのニッチ…。

自分にふさわしい良いニッチを探し出すとともに、間違ったニッチ を避けるために、人は成長していかなければなりません。

あなたが外向性と開放性において高いスコアをもつのであれば、自己を押し出し自己の利益を追求する主体性の能力には問題がないだろう。だが、コミュニオン、つまり他の人々との交流については、おろそかになるかもしれない。

あなたが高い調和性を持っているならば、無意識にコミュニオンタイプの行動をするだろう。だが、果たして個人としての自分を十分に出しているだろうか。

人生においてしばしば、「特性・特徴に逆らった」適応を必要とするかもしれない。

自分のパーソナリティーが不得意な事柄に意識的に気を配るために。

 

この記事で説明してきたことはいずれも、「あなたのパーソナリティーを変えろ」と言っているのではありません。

 この一連記事に含ませたメッセージは、「パーソナリティーが結果的に何を引き起こすかを理解し、その情報を使って賢い選択をする」ということです。

そのための手段の一部は、これ以後の記事で紹介していきますが、まず初めに必要とされるものが、自己を知るということです。

 

最後に、この本の最後の一文を拝借します。

自己認識というこの貴重な財産を自分のものにするうえで、本書が少しでも役に立ったとすれば、私がこれを書いた目的は達せられたことになる。

同上。

 

特性5因子に関するこの本は、本当におすすめです↓

パーソナリティーを科学する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回からは、一連記事『思考癖の直し方』の具体的な方法論についてお話していきます。

 

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