『腰痛患者に共通する反応とは?』のつづきです。
前回の記事では、「腰痛」と「多裂筋の反射抑制」の関係について説明し、多裂筋に対する特定の運動が腰痛の再発を予防できることを示しました。
そして今回は、その”運動”について説明していきます。
運動方法は至ってシンプル。
直立姿勢で、持続的に腰部の筋(主に多裂筋)に力を入れる
主なトレーニングはこれだけです。とは言っても、実はそんなに簡単な運動ではありません。
この特定の安定性運動を行うにあたって気を付けるポイントは以下の6つです。
- 可能な限り、受傷後早期に運動を開始する。
- 痛みや関節ストレスなど、筋の抑制に関わる要因を軽減させる。
- 関節中間位を強調し、運動覚の認知を向上する。
- 特定の筋運動を自覚できるようフィードバックテクニックを用いる。
- 意識的な運動を規則的、かつ頻回に繰り返す。
- 低負荷での運動を行い、徐々に持続収縮の時間を増やす。
◆可能な限り、受傷後早期に運動を開始する◆
この安定性運動アプローチは、慢性期においても効果があることが実証されています。
しかし多裂筋の委縮は、受傷後数日といった、かなり早期に始まることが研究で示されているため、できるだけ早期に安定性運動アプローチを開始するのが望ましいとされています[Morrissey (1989)]。
◆痛みや関節ストレスなど、筋の抑制に関わる要因を軽減させる◆
前回説明したように、腰部の”痛み”は多裂筋の反射抑制を引き起こし、多裂筋をうまく使えなくしてしまいます。
腰痛発症直後の急性期など、痛みの強いケースでは運動により更なる痛みを誘発することもあるため、痛みが強い場合は、側臥位(横寝)やうつ伏せで腹部にクッションを入れるなどして運動を行います。
しかし急性期症状が和らぐにつれ、直立姿勢で運動を行うようにしていきます。
◆関節中間位を強調し、運動覚の認知を向上する◆
関節中間位というのは、曲げも伸ばしもしない中間の位置のことです。
そして脊柱における関節中間位というのは、基本的には背筋を伸ばした姿勢(直立姿勢)になります。
こういった直立姿勢にあると、腹筋に力を入れるにしろ、背筋に力を入れるにしろ、「今、この筋肉に力を入れている」と、はっきりと認識しやすくなるのです(これが認知を向上するという意味です)。
多裂筋はもともと、認知することが難しい筋肉です。それを認知するためにはやはり直立姿勢が望ましいわけです。
※こういった運動覚の認知を目的とした運動において、関節中間位に制御することはとても重要であると、多くの研究によって示されています[Haevey &Tanner (1991), Irion (1992), Kennedy (1980), Leimohn (1990), Morgan (1988), Richardson et al (1992), Robinson (1992), Saal (1990), Saal & Saal (1989)]。
◆特定の筋運動を自覚できるようフィードバックテクニックを用いる◆
フィードバックというのは、簡単に説明すると「”結果”を行った側に伝える」ということです。つまり、患者が力を入れた”結果”を、患者に伝えるということになります。
ただ単に、患者に「多裂筋に力を入れて下さい」と指示したところで、患者はどう力を入れたらよいのか分かりません。
そのため、指導者が多裂筋部を軽く圧迫した状態で、「わたしの手を背筋で押し返して下さい」と指示します。
そして、うまくできたら「その調子です!」と伝え、うまくできていないようなら「違うところに力が入っています。もっと○○に意識して下さい」などと伝えるのです(フィードバック)。
そうすることで、患者側も「どうすれば多裂筋に力が入るのか」を理解できるようになってきます。
先ほども説明したように、多裂筋を認知するのはとても難しいことです。そして、ただでさえ難しいにも関わらず、反射抑制が生じているために、更に「力が入りにくい状態」になっているのです。
そのことからも、こういった指導者によるフィードバックを用いることが重要となってきます。
◆意識的な運動を持続的、かつ頻回に繰り返す◆
多裂筋は、腰を曲げたり伸ばしたりする際に使う筋肉というより、直立姿勢を安定的に維持する筋肉であるため、腰を曲げたり伸ばしたりする運動ではなく、関節の動きを伴わない直立姿勢での持続運動を行います。
身体活動の質を高め、「無意識に脊柱の姿勢を制御できる」ようにするには、徹底的な反復練習を必要とします。
それは決して簡単なことではありませんが、そういった反復練習によって一度身体への記憶が刻み込まれると、脳の運動皮質にパターン化され、意識的な努力も必要なくなっていくのです。
例えば、自転車に乗ることを習得するまでは、意識的な努力と反復練習が必要ですが、一度乗り方を身体で覚えてしまえば、無意識にバランスを取れるようになります。
目指すべきは、そこです。
“無意識”に多裂筋を働かせ、脊柱の安定保護を高めることを目的とするため、持続的な運動を頻回に繰り返す必要があるのです。
◆低負荷での運動を行い、徐々に持続収縮の時間を増やす◆
損傷を起こしていたり抑制されている筋は、強い抵抗をかけると、筋活動の減少を引き起こすことがあります[Janda (1986)]。
つまり、うつ伏せ上体起こしなど、いわゆる背筋トレーニングのように強い負荷を与える運動では、抑制されていない筋や、筋力が強い筋(広背筋や最長筋など)ばかりを使うことになり、抑制されている多裂筋の働きは活性化しないのです。
多裂筋の反射抑制のように、一部の筋活動に抑制が見られるケースでは、低負荷でのピンポイントな運動が必要とされます。
そして、多裂筋は瞬発的に強大な力を発揮する筋ではなく、比較的弱い筋力を持続的に働かせる筋です。
みなさんがイメージする筋力増強トレーニングというのは、「徐々に抵抗力(負荷)を強くしていく」というものだと思いますが、多裂筋へのアプローチは、抵抗力を強くしていくのではなく、持続時間を長くしていくことで、さらなる強化を図るのです。
以上が、多裂筋に対する、特定の安定性運動アプローチの注意点です。
この運動を見ると、先に投稿した『運動の基本原則』に従ったプログラムだということがお分かり頂けると思います。
多裂筋は、直立姿勢で持続的に働き、腰部の安定保護を司っている筋です。
その筋を鍛えるには、やはり直立姿勢で行い、かつ持続的な筋収縮を目的としたトレーニングが必要なのです。
そして、身体にしっかりと覚え込ませるには、何度も何度も繰り返し練習する必要があります。
直立姿勢で、腰を曲げたり反らしたりすることなく、ただただ持続的に力を入れるこの運動は、とても地味で、難しい運動です。そして、効果を実感しにくい運動でもあります。
しかし、腰痛再発予防を謳う運動のうち、この運動ほど科学的根拠を持つものはありません。
ただ単に「腹筋、背筋運動をして下さい」という時代は終わりました。
当院では、個人個人の生活様式に合わせ、「普段はどんな姿勢でいることが多いのか」「どんな姿勢での仕事が多いのか」などを考慮し、運動の基本原則に従った運動プログラムを構成していきます。
腰痛でお悩みの方はご相談下さい。
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こんにちは
初めまして
私の娘は岐阜県でクロスカントリースキーをしています。小学1年生から競技を始めて現在中学3年生です。去年の夏からローラースキーのスケーティングで腰が痛いと言い出し、徐々にクラシカルでも痛みが出るようになり、最近ではランニングだけで痛むようになりました。大事な全中やその他の大会でも痛みが発生し実力を出し切ることができず、涙を流す日々でした。
痛みだしてから現在まで、複数の治療院でマッサージや針治療、電気治療等をしてもらい、治療院の指示でストレッチやスクワット等行ってきましたが、良くなっていません。
今年は中学最後のシーズンとなるので、何とか治してやりたい。中学最後に痛みがなく実力を出し切って悔いの残らないシーズンにしてやりたいと思っています。
何とかしてやりたい思い、ネットを隅から隅まで検索をしていたところ、こちらのブログにたどり着きました。
星名先生に質問があります。娘も「多裂筋の反射抑制」が原因ではないかと素人ながらに思っています。そこで、「特定の安定性運動アプローチ」ということで直立姿勢で多裂筋に力を入れる運動を行おうと思います。星名先生は『指導者が多裂筋部を軽く圧迫した状態で、「わたしの手を背筋で押し返して下さい」と指示します。』と説明していますが、具体的にはどの辺を圧迫すればよいのでしょうか。教えてください。
長文となってしまい申し訳ありませんがどうかご教示ください。
コメントありがとうございます。
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